サークルK 近江屋支店(?)
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いよいよです(笑)
そうそう。
「池田屋」があったトコには「池田屋」が
来るのは当然のことでしょう★
このポスターをよく見てみると、下の店の
名前のところ…名前は「池田屋」なのに
左端の「紋」が長州と同じ紋なのが気になる
というか、因縁を感じます
(そうか?・苦笑)
このポスターに隠れてますが、大階段が
確かにありました(笑)
誰かが転がり落ちるショーがあったり…
するワケがないのですが、今度こそ
「池田屋騒動の崇り」(?)に負けず、ぜひ
この場所に根付いて欲しいものです。
私もいずれ、お邪魔したいと思いまっす![]()
![]()
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昨年の4月でしたかー。
「京阪交通社が閉まってる~!!」
というコトを書いたかと思います。
河原町蛸薬師を下がった所にある、
“坂本龍馬・中岡慎太郎 遭難地”…近江屋
の跡地ですね。
ここ最近は何やら工事が始まっているな~…
と思ってはいたのですが、今夜、偶然前を
通りかかったところキレイな店構えが出来上がって
いました!!
何が出来るんだろう??
ガラスの貼り紙を見てみましたら…。。。
スタッフ募集の貼り紙。
おお。
サークルKがやって来るのか★
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雨の所為か、緑も鮮やかでした。
皇后宮常御殿には十二単が…★
ちょっと時代劇チックに…(笑)
(実はこのファインダーの下には側溝を掃除する
おじさんの姿が・苦笑) 
写ってますね~、雨![]()
こちらの牛車は葵祭で使われているもの
だそうです。
ちなみにこちらの門は、かの「朔平門」です!!
書物などで読む幕末の公卿・姉小路公知が暗殺
された云々…のくだりには必ずと言っていいほど
登場します、「朔平門」。
宜秋門から御所を出た公知卿はこの門を過ぎて、
御所北東角の“猿ヶ辻”付近まで来た所で襲撃された
といわれていますね。
享年27歳だとゆーのに…合掌。
この“板輿”は幕末期、皇女和宮が使用していたもの
なんだそう!!
明治2年(1869)に京都に戻られて、7年に江戸改め
東京に移られる間使われていたそうです★
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実は今、7連勤中。。。
明日のお昼で「折り返し」です…(苦笑)
何だか毎日ハッキリしないお天気が続いていますね~。
元気出していきましょうねぇ~。
みなさまのところになかなかお邪魔出来てないんですけれど、生きてますよーのご挨拶だけ…![]()
寺田屋さんを出てすぐにある“竜馬通り商店街”のお土産屋さんにて購入したものをご紹介させていただきます![]()
コーヒー
好きなので思わず手にしてしまったコーヒーと…上は、これまで何度かネット上で見たコトがあったんですけど、ひと口サイズの“羊羹”ですね。実物、初めて見ましたー!! 右上の龍さん2種(これは芋羊羹でした★)はすでに胃袋の中…(笑)
それから、そのナナメ下にさりげなく写ってるキーホルダーは帰りに下車した近鉄京都駅構内の売店にて発見![]()
した、ホームにある駅名表示板を忠実に再現したもので、近辺の小さな駅のものまでありました!!
マニアなら垂涎のひと品になるかもしれないです(笑)
えーっと、こちらは寺田屋さんにて購入した『幕末月旦札(げったんふだ)』というものですけれども、 トランプとしても使え、また配られた5枚の手持ちの札で幕末に関する出来事や人物を集めていくというオリジナルのゲームを楽しむことも出来るというシロモノです
“竜馬通り商店街”の、上のお土産を買ったお店にも置いてありました!!
最近、滅多に使いもしないのに“平等院トランプ”といい、妙な(?)トランプを見かけるとついつい手を出してしまうんですよねー(苦笑)
今回のジョーカーさんは、東インド艦隊司令長官のアノ人です(笑)
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先日、10数年ぶりに城南宮を散策したおハナシをいたしましたけれども、その次にやって来た伏見の“寺田屋”も同じく10数年ぶりです。
何てったってその10数年前、寺田屋さんに来てから(参観時間が過ぎていて中には入れなかったけれど)その足で城南宮行ったんですからー![]()
思えばとかく因縁の(?)城南宮―寺田屋ルートですねー(笑)
さらにはワタクシ、そのまた数年前には友達と1泊しに来たこともありますですよー。
「ここで寺田屋騒動が起きたんやー
」 (←この頃は、まだバリバリに薩摩フリークだったので
)
という感慨からか、はたまた単に枕が変わった所為かはわかりませんが明け方近くまで眠れなかったのがまるで昨日のコトのように思い出されますけれどもね~![]()

別に地図を持ってたワケでもないのですが、10数年ぶりでも足が勝手にバス停からココまで動いてくれました(笑)
伏見寺田屋、久しぶりに参上です!!
…が。
ちょっと前回とは違う感慨があるんですよねー。
その後、あくまでも広く浅くですが“幕末”という時代をかじるようになって、鳥羽伏見の戦いの際に寺田屋は焼失したのではないかという話を聞くようになり…というより、実際、当時の“かわら版”の地図で寺田屋が「焼失範囲」の中に含まれているようなんですね。
昨年の秋には、調査を行っていた京都市が
「寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失」
という見解を公表しましたよねー。
私はその日は夕方のニュースで知りました。
「あーやっぱりー!」
と思わなくもなかったんですけど、それでも複雑な気持ちがないと言えばウソになるかも知れないですね。
寺田屋さん側としては
「あくまでも市の見解」
として今も頑張っておられますけれども、私もオトナになったのでしょうか~…。
泊めていただいた時とは全然違って、今回はかなり冷静に(?)見学させていただいて来ました。
龍さん愛用のお部屋とされる「梅の間」。
昔はココも泊まれたハズですけど…今はこのお部屋には泊まれないようです。
ちなみにココが、まだまだ未成年だった私が明け方まで布団の中で目をギンギンさせていた(苦笑)「松の間」です★
懐かしーっ![]()
![]()
今も泊まれます。
確か素泊まり6,500円、1泊朝食付きが7,000円だったでしょうか。(昔と変わってないなー)
「また泊まりに来たい!!」
と、これは正直に思いました(笑)
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小春日和の城南宮を後にしまして…。
自分でも意外なコトに、「来たい来たい」と思いながら一度も訪れたことのなかった場所を目指しましたですよー![]()
![]()
慶応4年(1868)1月3日に始まった「鳥羽伏見の戦い」が戊辰戦争の発端となりますけれども、その現場であるとされる“小枝橋”に、これまでワタクシ、なかなか来るコトが出来なかったのでありました…。
…
…
…って言おうとしたのに。
…
…あれ??![]()
…
昨年の暮れ、先輩Sさんに京セラのクリスマスイルミネーションを見に連れていただいた時に、ココ、車で通ってるやんか![]()
…事実は小説よりも奇なり(苦笑)
目がテンになってたら、すっかり小枝橋の写真を撮って来るの忘れました(おいおい)
ちなみにその小枝橋、新しい橋だなーと思って見ていたのですが、2001年に架け替えられたそうです。架け替えられる前の橋にはかつての雰囲気も残っていたそうですけれども。。。
で、移動しました!
こちら(↑)が架け替えられる前の“小枝橋”東詰にあたる場所のようです。 

駒札と石碑、それから四角いプレートには昔の小枝橋についての説明が刻まれていました。
P.S 近くのあった自販機…お買い得にも程があります(笑)
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ついさきほどまでいた病院前の公園や郵便局やコンビニを通過して(苦笑)、わりとすんなり到着しましたー![]()


梅田雲浜先生の人となりはこちらの案内板をご覧下さいー(こらこら・笑)
マニアックな解説は省略いたしますが、幕末の儒学者で安政の大獄の弾圧を受けたお一人ですね。(省略しすぎ??
)
帰り道、公園の中まで入って行って、はじめてこのおじさんが雲浜先生だとわかりました~
今回お世話になった自転車
くんと雲浜先生と一緒にぱちり![]()
です。
ホントは先生の顕彰碑もあったようなんですが碑のある小浜公園の方向がちょっと逆だったということもあり今回は断念。
最後の方はポツポツ雨も当たって来ていましたけれども、無事に自転車をお返しして17時のバスに乗って帰って来るコトが出来ました。
本当に静かないい所だと思います、小浜。
年中観光客の人達で溢れかえっている京都などとは違って、オバマさんと読みが一緒、というところに目をつけてこの機に乗じて街を盛り上げようとした小浜のみなさんの気持ちもよくわかるような気がしました…。
そんな小浜の皆さんのためにも、新大統領には頑張っていただきたいものですね![]()
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とりあえず、前の晩に
「よし、明日はオバマへ行こう!!」
と決めた時点で、小浜についてのホントにカンタンな知識はパソコン
から仕入れました。
そこにあった、
『小浜出身有名人』
の名前…何人か挙げられていましたけれど、「へえ~っ
」と思った方が、約3名(笑)
そして偶然、ゆかり(?)の場所を通ることが出来ました!!
一番私が「へえ~っ
」と思ったのがこの人でしょうか。
幾松こと、木戸松子さん…。
それもまた、若狭フィッシャーマンズワーフ
へ向かう途中にホント偶然にこちらの前を通りました(笑)
桂小五郎寓居跡の『幾松』近くで普段過ごしている私としては何だか妙な感慨を覚えずにはいられませんでしたねー。
彼女がいてくれなかったら、きっと桂さんは明治の世まで生きられなかったような気もするし。
小浜駅へ向かって歩いている帰り道、いきなり左手に現われた立派な病院
!!
「わ~、小浜にはいい病院があるんやぁ~!
」
と思ったのも束の間、
『杉田玄白記念』
って何だ!!!(笑)
『ターヘル・アナトミア』の杉田玄白!
確かに高名な蘭学医だけど、まさか“記念”の病院があったとは!!
(この画像の右手にはちゃんと銅像も立っていました)
ちょうどこの病院の、道路を挟んだ正面にあるこの公園。
左の石碑、『杉田玄白顕彰碑』と刻んでありますねー。
なのでてっきり、右の銅像のおじさんも杉田玄白さんかと思ってたんです。
「あー、自分の名前のついた病院を正面に見据えて、見守ってはるんやなー」
って。
ところがどっこい。
このお方こそ、私が「へぇ~っ」と思った最後のお一人、幕末の儒学者・梅田雲浜先生だったんです。
そうとは知らず、
「せっかくやし、“雲浜先生めぐり”をしよー!!」
と突如決めて、急いで小浜駅前へ向かいました(苦笑)
駅までたどり着くと目の前で近江今津行きのバスが今まさに出発しようとしているところでしたが、案内所の方に聞いたら毎定時に発車だということで(この時16時でした)、
「17時発に乗る!!」
と心に誓い、ここで今さらながら自転車
を借りるという暴挙に(笑)
タイムリミットは1時間!!
あと、それこそ今さら駅周辺の地図を1枚いただいて今歩いて来た道を自転車で颯爽と“雲浜先生めぐり”の開始です!!(苦笑)
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…“初級”は(笑)
参加賞(?)の龍馬てぬぐいと、合否の紙と、
合格していた“初級”の認定証(という名の
カード
でも、ちゃんと名前も生年月日も
入っている)が入っていましたが、一体私は
何点取っていたのだろう? 平均はどのくらい
だったのだろう?? ということは全然わかり
ません。
ちなみに、“初級”の合格基準は
全受験者の成績上位70%内の受験者
なので、何点取ったら合格、とかそういう基準
ではないんですね。
そして“中級”はといえば
全受験者の成績上位30%内の受験者
…と、なぜか極端に「狭き門」になります![]()
この「30%」というのが、受験の時からイヤ
だったんですよねー。。。
それ、今はまだない“上級”の基準にして、
“中級”はせめて50%くらいにしてくれてたらいい
のになぁ、と素直に思いました(苦笑)
きっとこの分じゃ、“上級”は10%以内位に入ら
ないと合格になりそうもありませんねー。
まぁ、そこまで龍さんのコトには詳しくないので
余程の心境の変化がなければ今のところ受験
するコトはないでしょうが…![]()
全国で何人くらいが受験したとか、会場別の平均
点とか、そういう資料も届くのかと思ってたんですけど
何かあっさりしたものでちょっと肩すかし。。。
そのうち過去問の本とか出るだろうし、それを
買いなさいというコトなんだろうか…。
またしても思惑に乗せられるのか(^^;)
ちゃんと見直しとかしたいから、乗せられて絶対
買っちゃいますけどね(笑)
ビールの問題は、私には文字通り「苦い」問題
でした(苦笑)
P.S 『篤姫』総集編、昨日に引き続き、堪能いたしました★
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…なワケで。(?)
北山にある京都ノートルダム女子大学を試験会場にした
第1回 『坂本龍馬 幕末歴史検定』
なる検定を昨日は受験しに行って参りましたー。
確か、去る9月21日だったと思うんですが、仕事の帰りに立ち寄ったBALのジュンク堂書店で募集要項を発見しましてねー。
特に欲しい本があるワケではなかったんですけど(いつもの如く)フラフラしに行って、偶然にこの(→)リーフレットを発見。
そして、何も買わずにこのリーフレットだけを手にBALを後にしたのでありました(苦笑)
…その後、上島珈琲店で柚子ミルク珈琲をテイクアウトしたと記憶はしてますがね~![]()
でも、申し込んだのはそれからさらに半月ほど後だったでしょうかー。
実を申せば、私の場合は別に
龍さんが一番好き!!!![]()
![]()
…ってことではないんですよー。
薩摩、長州、土佐、会津…それらがぜーんぶあってこその「幕末」という時代なんだし、私の一応のスタンスとしましては「幕末オールラウンダー」なんです(苦笑)
「特に好きな人物」ということで挙げてみますと
薩摩 桐野利秋、西郷従道
長州 久坂玄瑞、高杉晋作
土佐 坂本龍馬、岡田以蔵
新選組 山南敬助、斉藤一、永倉新八
…という感じでしょうかねぇ~。
この中で強いて1番を決めろと言われたら、たぶん久坂さんと山南さんに決闘をしてもらわないといけないと思います(笑)
こんな調子で、あくまでも“広く浅く”だし(苦笑)、何かこの検定のタイトルだけ見てたら
“ようするに、『坂本龍馬検定』??”
みたいな感じで、果たして私にはどーかなぁ~…って思ってたんです![]()

まぁ、それでも「幕末歴史」と名がつくし…と思って、、「まずは形から」ということで、公式のテキストブックと公式問題集を買ってみることにしました。
『坂本龍馬 幕末歴史検定 公式ガイドブック』
新人物往来社 編 2,300円
『坂本龍馬 幕末歴史検定 公式問題集』
新人物往来社 編 1,800円
…出版社さんの思惑に見事にのせられてますよね(苦笑)
まぁそれはともかく、問題集を見ていたらカンタンなところなどはだいたい解けたし、「これならいけるかも…???」と思って、今回の受験を決めました。
最初は“初級”だけにしようと思ってたんですけど、怖いもの見たさみたいなものもあって(!)“中級”にもトライしてみることに…。(今回は“上級”がありませんでした。あってもそれはさすがに受けませんが・苦笑)
“初級”“中級”共、4択のマークシート方式で問題数は100問。
制限時間は1時間でした。
“初級”は30分でひと通りマークし終えて、残りは見直しに使いましたが、“初級”のくせに『公式問題集』の“中・上級”のカテゴリーに載ってた問題がサラッと出て来てたような気がするぞ…???
今日のお昼休みにちょっと答え合わせをしてたんですけど、自信を持って答えたくせにそれが間違いだったというのがいくつかあった替わりに、「捨てた」ハズの問題が正解だったと判明したりしたので、結果はどうなるかわかりませーん![]()
「どうなるかわかりませーん」…といえば、“中級”はさすがにそれ以上にどうなるかわかりません![]()
『公式問題集』から出てた問題はたいてい間違いないと思うのですが、
おいおい、それを聞くか!?
というマニアックな問題がいくつかあって(苦笑)、まぁ、『ガイドブック』の方をきちんと読み込んでいればわかったんでしょうが、自慢じゃないけど1回通して読んだだけでしたから(こらこら!!!)、とりあえず取りこぼしのないように回答していきました…。
こちらは40分でひと通りマークし終えて見直し開始。
“初級”では見直しの時に答えを変えることはしなかったんですけど、“中級”では5,6問は答えを変えましたねー。
変えて良かったのもあったし、もちろん「やめときゃよかった…」ってのもあります(笑)
問題用紙は回収されちゃったので、何点採れてたかとか具体的にはわかりませんけど、久しぶりにホントに頭使いましたー![]()
大学の教室の雰囲気とか試験の緊張感なども懐かしかったし、なかなか面白い経験が出来たと思います…★
⇒ 花壇のお花♪ キレイに咲いていました…![]()
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はい。
上京区にある臨済宗の門跡寺院、宝鏡寺へやって参りましたー★
通称では「人形寺」とも呼ばれていて、皇女和宮ゆかりのお寺とも言われていますね。
彼女が幼い頃に遊んだとされる綺麗なお庭があるんだそうです。
ここのお寺のご本尊(聖観世音菩薩)は、伊勢の二見ヶ浦で魚網にかかったものだと言われているということで…私にしたら、ものすごい地元ですやんか(苦笑)
…ただ…。
この私としたことが…
このお寺さんが普段は「非公開」だということに、全然気付かず出かけてしまいまして…![]()
本堂入口に掲げられた看板の、
「拝観謝絶」
の文字を見た時には、いささか目がテンになりましたー![]()
…あたしってば…一体何しに行ったんだか…(苦笑)
気を取り直しまして(苦笑)
なぜ「人形寺」と呼ばれるようになったかと言うと、このお寺には代々内親王が入寺したために(なので、ここは“百々(どど)御所”とも呼ばれていました)、天皇からことあるごとに人形が贈られて来たから…ということによるようです。
それで、「人形といえば宝鏡寺」ということで、やがては一般の人達からも人形が持ち込まれるようになって、毎年10月14日(惜しい!)には「人形供養祭」が行われるようになったのだそうですよ。(上の画像は“人形塚”)
ね。
かたーく門が閉ざされてるでしょ?(苦笑)
おそらく、この門の向こうに、和宮ちゃん(!)が小さい頃に遊んだとされるお庭があるんだろうと思います。
一般公開は春と秋の、年に2回。
今年の秋の一般公開は来月1日からの一ヶ月間…「人形供養祭」といい、何ともニアミスだらけの宝鏡寺訪問でした(苦笑)
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蛤御門を背に。
禁門の変の際は、この、中央やや左よりに写っている木の辺りで長州の御大・来島又兵衛さんが亡くなったといわれていますよね。
大文字、まだ見えてます!
で、こちらが皆さんご存知の蛤御門です★
初めてこの地に立ったのは…今から15年くらい前の話やないですかー(苦笑)
禁門の変の際の銃弾の跡とされる穴も、みんなに触られてツルツルになってます(笑)

鷹司邸跡。
禁門の変の際には長州のプリンス(勝手に命名・笑)久坂さんがこの地で自刃されたといわれています。

ねこ(笑)
草むらの向こうから
「お~い、ねこー!!」
って声が聞こえたと思ったら、そっちの方に向かって去っていきました。
「ねこ」って名前だったのか、ねこ(笑)
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今夜は、ついさっきまで“You Tube”で懐かしのアニソンを集めた動画を見てましたー。
かれこれ3時間近く![]()
別にカラオケBOXへ行ったワケでも、大声でシャウトしたワケでもないのにのどが痛いですー(苦笑) フツーに、近隣のお宅へお邪魔にならない程度に歌い続けていました
う~ん、こんな地味ーな盛り上がり方が出来るなんて、私、まだ精神的に疲れてるのかしらん![]()
それはさておきまして。
今夜のニュースで、再来年…2010年のNHK大河ドラマが『龍馬伝』だと報道されていました。
「おおっ!?」
と思った矢先に、時々ココに遊びに来て下さるsagaさんからも同様のメールが届きました。
確かに私は幕末好きではありますが、このニュースを聞いたまず最初の感想といえば…
また「幕末」かよ(苦笑)
今が、絶好調『篤姫』でしょー?
来年は戦国時代の『天地人』でしょー?
再来年が、その『龍馬伝』ということは、その次の年はまた「戦国」に違いない(きっぱり・笑)
ちょっとこれらの時代から離れてみませんかー…って、前にも書いたような気がしますねぇ。
何でも今回、「岩崎弥太郎から見た龍馬」ということだそうです。
龍馬なー。
ちなみに私が今まで見た“坂本龍馬”で印象深いのは…
★ 佐藤浩市さん
私をここまで(?)幕末好きにするきっかけを作ってくれたNHK大河ドラマ『翔ぶが如く』に登場。飄々とした感じがよかったです![]()
★ 坂本金八…いやいや、武田鉄矢さん
日テレ年末時代劇『奇兵隊』に登場。他のキャストさんも結構インパクトありましたけど、彼がピカイチでしたかね(笑) あ、別のドラマでも龍馬役をされてるそうですが、それは見たコトありませーん。
★ 佐田繁理社長
まっさんの弟さん(笑)
FCのイベントで行われた舞台のビデオで見たんですが、雰囲気は抜群です!! ちなみにその時にまっさんが演じたのは勝先生(^^)
★ 浜ちゃん
言わずもがな、『竜馬におまかせ!』に登場。大阪弁をしゃべる土佐人(笑)
★ 梨本謙次郎さん
日テレ年末時代劇『勝海舟』で登場されるんですが、出番は少なかったけど、妙に“龍さん”してて好きだなぁ~。
★ 江口洋介さん
そりゃ、そうでしょー(笑)
ある意味カッコ良過ぎだけど、まぁ、いい味出してましたから。
あとは…あぁ、上川隆也さんとかも『竜馬がゆく』だったか…演じておられたような。(その時のおりょうさんは沢口“おみつさん”靖子さんだった気が…)
我らが(?)渡辺謙さんも、映画の『幕末純情伝』でね。
それと、今回の『篤姫』では間もなく玉木宏さんが龍馬役で登場でしたっけ!
今度の『龍馬伝』って、一体誰が龍馬を演じるんでしょー。
今日の記者会見の様子だと、「実年齢にとらわれない配役を」とのことでしたが??
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今にはじまったことではありませんが、ここのところ、ホントに朝晩が寒いですね~
さてさて。
今朝は“ドアラ”がですねー、TVに出るということでですねー(笑)
『めざましテレビ』はスルーしてしまったんですけど『とくダネ!』の方はしっかり見ました★
よりによってドアラ先生、CDデビューですか。しゃべらないのに(爆笑) 「波に乗る」というのはホント、怖いもんです(? …というより、その好調さが羨ましい今日この頃)
ちなみに、今月26日には公式写真集が発売されるということで、それはすでに予約済み!! いつでもかかってこい!! てなもんです(
)
今日は朝からの晴天とは打って変わって、夕方からとうとう雨が降り始めてしまいました…![]()
…と。
ココ(↑)まで打ったら撃沈してしまったので、これから続きを書きます(苦笑)
去る一昨日…13日(火)のことです。
遅番だった一昨日。
本降りになった雨の中を帰宅したんですが、玄関までたどりついたところで三重県在住・先日、嵐山の時雨殿でかなり頑張った(笑)友人Eちゃんから電話
が…。
普段マメに電話をくれるEちゃん。
そういや先日の電話で「今月、泊まりで京都へ行く」と言ってたっけ…と思うが早いか、電話に出てみたら、やっぱりこっちに来ているんだそう。
「お茶でもどう~??」
という電話で、Eちゃんとは話したいコトもあったし、翌日早番だというのに、部屋に荷物を置きに入ってとんぼ返りで四条河原町へとって返しました![]()
現地でしばらく待っていると、Eちゃんご夫妻登場。
仕事直後で晩御飯を食べてない私を心配してくれたお二人さんと向かったのは蛸薬師の居酒屋さんだったんですが、そのエレベーターの
中で私が咄嗟に
「木屋町に、『龍馬』っていうお店がある」
という話をした瞬間、あっと言う間に行き先変更(笑)
先月の24日だったかなぁ~。
仕事の後にあの辺りをウロウロ(?)していた時に偶然見かけましてねぇ。
でも私、お酒がダメなので、喫茶店とかならドカドカと1人で入って行くんですけど、さすがにお酒飲む所には…
(お子さまなもので・苦笑)
木屋町通りに掲げられている、ご覧の龍さんのパネルと(画像にはないけれど)“のぼり”が目印!!
Eちゃんのダンナさんが先頭を切って(?)、恐るおそる店内を覗いてくれたんですが、そのウケようったらありません![]()
ドアを閉めて私にひと言。
「ここなら間違いない」
って、一体どーいうこと!?(笑)
一体何が起こったんだろう…って思ってたら、お店の中から着物姿も艶やかなお姉さんがお出迎え。
ダンナさんやEちゃんについて店に入ったところ、私の視線の先にはカウンターに立つ坂本龍馬!!!!(…の扮装をした、マスター・笑)
あ~。
ダンナさん、イキナリマスターを見たんや(苦笑)
お店は10人入ればいっぱいかな? という小さなところなんですけど、店内には龍さんの写真やら手紙やら、グッズやらイラストやらがぎっしり!!
ダンナさんはお酒、Eちゃんと私はウーロン茶を頼んだんですけど、グラスを置くコースターは、何と龍さんトコの家紋入り!!![]()
これと言ったフードメニューがなくてちょっと残念でしたが、龍さんの扮装をしたマスターやお店に迎え入れて下さったお姉さんがそれぞれ名刺を持って来て下さいました。
名前はやっぱり、「坂本龍馬」と「お龍」になってる!!
その後も、マスターはリーフレットやらオリジナルライターやらいろいろと持ってきて下さいました★
実はココ、坂本龍馬を愛する人達で組織されている“京都龍馬会”の事務局なんだそうですね。(リーフレット見たら、ドイツ龍馬会やらパリ龍馬会、そしてバリにも龍馬会があると書いてあってかなりの衝撃を受けました・笑)
そのうち、カウンターに座っておられた先客のおじさまが、お龍さんに買いに走ってもらった餃子を我々にもお裾分けして下さり、実家の三重県の話で盛り上がるったらもう(笑)
お龍さんも私の横に来て下さりいろんな話をさせていただいたんですけど…。
なんだかなー。
スナックとかも入ったコトがなかったのに、イキナリこんな「濃い」場所で、とんでもなくおもしろい経験をさせてもらったんですけどー(苦笑)
しかもお店の払いも夫妻がしてくれて、タクシーで部屋のそばまで送ってもくれて(泣)
仕事してる時には、夜にこんな楽しいコトが待ってるなんて思いもしませんでした!!
Eちゃんご夫妻、お疲れのところを本当に(今回も)どうもありがとうございました…。
このお返しは、さだまさし『Mist』できっちりと★(笑)
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さっき、前を通ったら看板が下ろされて
ました、京阪交通社…。
坂本龍馬・中岡慎太郎 遭難地
…近江屋さんの跡ですね。
平成2年の大河ドラマ『翔ぶが如く』で
幕末ファンになって、その直後に京都へ
来た時にはすでに京阪交通社さんだった
から…この場所はホントに長いこと変わらず
だっただけに、何だか寂しい…![]()
ちなみに、池田屋騒動跡とは違い、
京阪交通社さんは三条京阪の方への店舗
移転、とのことです!
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先月23・24日の連休…初日の23日は、山南忌で出会ったあさぎさん達と史跡めぐりをして来たんでした。
翌24日(月)。
午前中に千本松原でとある人と会う約束をしていて、その人とお目にかかった後、7,8年ぶりくらいだったと思うのですが、“新選組記念館”へ出かけて来ました~。
JR丹波口駅からほど近く、画像をご覧いただければお分かりの通り、のぼりがなければ間違いなく素通りしてしまうに違いない(苦笑)五条通坊城を下がったらすぐの所に建っています。
それもそのハズで、ココは文字通りの京町家。
確か大正11年の築だったかなぁ~?? とにかく、ちょっと荒く歩くと家が揺れるのです(←実話
)
ちなみに、ここをさらに南に歩いて行くと、ほどなく島原で唯一現存する置屋さん“輪違屋”にたどり着きます。
内部なんですが…。
相変わらず、圧巻でした。
初めてお邪魔した時も、相当目がテンになりましたが![]()


だって、ご覧下さい!
新選組大好きな館長さんの手作りパネルや古今東西の新選組関連の書籍や資料といったコレクションがとにかくびっしり!!!
全ては新選組への「愛」の成せるワザなのです!!
昭和7年生まれという館長さんと話すも話したり3時間!!![]()
新選組に留まらず、京都の話や幕末全般、あと源氏物語などの話にも及んだんですが、その間も予約の電話がちょくちょく鳴ったり、新選組ファンのお客さんがたくさんいらっしゃっていましたね。
さて、今回こちらの本(←)を購入して来たのですが、中身を見てとにかくその細かさにビックリ!!!
…これ、京都の幕末史跡をめぐる方には必携の1冊だと思います!!
新選組と幕末の京都 1,300円 ユニプラン
(館長さんが監修・写真協力として参加されています)
文字通りに「最強」ですよ~、この本。(しかも、巻末には館長さんのサイン入り・笑)
ただ、ちょっと誤植を発見してしまったのと、薩摩の田中新兵衛のお墓の場所についての記述がなかったよーな気がするんですけども…???(
)
とにかく「新選組記念館」、何とも摩訶不思議な空間です。
かなり濃い時間を過ごせること請け合い!!
入館料は500円です。(館長さん手作りのお土産付き★)
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“京都幕末史跡めぐり”…一週間のご無沙汰でした![]()
早速、続きに参りたいと思いますが…。
前回は…壬生を散策し終えて四条大宮から移動する、というところまでをおハナシしておりましたね![]()
「昼食食べましょう
」
ということで移動することとなったのですが、タクシーに乗り込んで向かった先は木屋町御池。途中、二条城、京都市役所、京都ホテルオークラ(長州藩邸跡)などを左手に見つつ到着したんですが、イヤ~な予感が的中し、ご案内したかった“幾松 維新庵”がよりによってお休み![]()
でもみなさんホントにやさしいので、向かい側に立つ大村益次郎・佐久間象山遭難地碑やら幾松の前に立つ桂小五郎寓居跡の石碑を見て盛り上がって下さいました
それにしても、あの時お話しませんでしたが、新選組ってあの“幾松”にも桂さんを捕まえる為に踏み込んでるようですからねぇ。木戸孝允(桂さん)の奥さんになる幾松さんが、桂さんが逃げる間の時間稼ぎの為に白刃を閃かせた近藤さんやトシの前で舞を舞ったそうで。
近藤さんが、その幾松さんの度胸に感心をした…というのはよく聞く話ですよね。
なので、あの場所は長州関係史跡でもあるけれど、ちゃんと新選組関係の史跡でもあるわけだ!! …ということで![]()
その後、お昼ごはんを求めて木屋町通りを南下し始めたんですが、加賀藩邸跡、武市瑞山寓居跡、吉村寅太郎寓居跡の石碑を見物(?)しつつ、新選組からは切っても切り離せない池田屋騒動跡の石碑前に到着。
私は2,3日前の夜に通りかかって気付いていたんですが、パチンコ屋さんがなくなってる…
『池田屋騒動跡にに建つお店は長続きしない』という“ジンクス”はホントだったのか…でも、私が京都に来始めた10数年前からココはパチンコ屋さんだったから(当時、店の名前は「ピエロ」だったけど、最近は何だったかなぁ~??)、長続きしてるやん! と思ってたのですが。
“びっくりドンキー”にて昼食を摂った後、京阪三条からタクシーにて向かった次の目的地は、東山にある京都霊山護国神社、そして霊山歴史館!!(もちろん、タクシーに横付けしてもらう。これ、鉄則です
)
護国神社の方は…ほぼ2年ぶりですね。複数の人とワイワイ行ったのはものすごーく久々だったので(8年ぶりくらい??)、にぎやかに歩くことが出来ました!! 右の画像は、赤ペン先生ならぬ「黒ペン先生」による添削指導です
でも、黒ペン先生の気持ちも分からないでもない(苦笑) 「志村」はないでしょ、志村は。ねぇ(笑)

それにしてもまぁ。
霊山歴史館の変貌ぶりには驚きました!! 実は、大河ドラマ『新選組!』の年ですら出かけなかった私、おそらくココも8年ぶりくらいなのでは…という勢いでしたが、館内の充実ぶりは目を見張りましたねぇ~!! 夕方来たら、し~んとした館内には私と同行の友達だけ…、というあの昔は嘘のようです
時間も16時を回ってたんですが、たくさんのお客さんがいらっしゃってましたね。
販売されてるグッズも何だか様変わり(笑)
昔からのもの(幕末志士達のポスターとか紀要とか)もあるんですが、見ていて楽しいものがずい分増えてました!!
コレ(←)、真ん中のイラストは旧前川邸で見かけたことがあったんですが、他に晋作とか龍さんとかまであったなんて![]()
西郷さぁの目が「スガキヤラーメン」のキャラクター・スーちゃんの目と同じやなぁ~…と思ったんですが、それって東海地方の方しかわからないのかしらん![]()
歴史館を出たらパラパラと雨が降り出していましたが、ねねの道~御陵衛士屯所跡(月真院)を経て円山公園に入りました。ここで、今回声をかけて下さったあさぎさんとはお別れです
その後、3人になった我々は、坂本龍馬・中岡慎太郎像、四条通りをあれこれ寄り道しつつ、古高俊太郎寓居後(志る幸)、中岡慎太郎寓居跡、土佐稲荷・岬神社、土佐藩邸跡…よくよく考えたら、古高邸跡以外は全部土佐系史跡ですけども(笑)、それらをめぐった後、先斗町でやっとこさ一息つくことが出来ました★
エノカマさんとはお店の前でお別れし、宿へ帰るという娜美さんを四条河原町のバス停でバスに乗り込むところまでお見送りして、23日の日程、無事終了~っ!!!
いや~…。
最高でした。
本当に、久々に“濃い”一日でした…。
あさぎさん、今回の旅で、あらゆることに関して一番お礼を申し上げます![]()
エノカマさん、間もなく行かれる薩摩の旅が充実した旅になりますように…いろいろお話を聞かせて下さってありがとうございました!!
それから娜美さん、あちこち引っ張り回して本当にごめんなさいでした![]()
皆様、本当にお疲れ様でした!!
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23日(日)、24日(月)と連休だったので、例によって“プチ帰省”…と思いきや(?)、こちら京都で何とも濃厚な連休を過ごさせていただきました
前日の22日は夜中の0時前にFちゃんと近くのカフェでブラックコーヒー
を飲んで盛り上がったワケですが、その翌日のお話をいたしましょう★
23日(日)は…朝から「曇天
」。
実は、前々日の21日(金)の夜、先日の『山南忌』でお知り合いになって以来、こちらの方にもよく遊びに来て下さる“新撰組屯所”のあさぎさんから、メールにて1通のメールを頂戴したことから、この話は始まります。
何でも、あさぎさんのお知り合いで、東京在住・新選組ファンのお嬢さん(娜美さん)と23日に京都の幕末史跡めぐりをする予定なので、よかったら来ませんか~??? とのこと…。
偶然にも仕事は休みだし、お目にかかって間もない私などをお声がけ下さってホントに嬉しかったので、よろこんでお邪魔させていただくことに…。
あさぎさんご指定の集合場所は、壬生の旧前川邸。
10:30のお約束ギリギリの到着になってしまい、旧前川邸前にはすでにあさぎさん、そして、こちらも『山南忌』でお目にかかったエノカマさんが待っていて下さいました。
ほどなく娜美さんとも合流しまして、早速、その旧前川邸から見学開始です!!
こちらはあくまで「旧前川邸」であって、以前にも何度か書いたような気もするのですが、現在は田野さんという方が所有されている、住居兼作業場です。私が“幕末”という時代にハマり出した、それこそ10数年前などには決してこちらのの門が開いているのを見たコトなどありませんでしたが…今では年に1度、『山南忌』ということで、山南さん切腹の間に入れていただけるようになったり…いろいろと我々への対応など大変でしょうに、日々のご尽力、本当にありがたい限りです。
続いて我々が向かったのは、坊城通りを挟んで向かい側に立つ、八木邸。筆頭局長・芹沢鴨が暗殺された凄惨な現場でもありますね。
ご覧下さい、この立派な長屋門を!!(笑)
今でこそ、ご覧のように隊旗や幕が掲げられていたりしますが、ひと昔前は、こちらのお宅も決して内部の見学は出来ませんでした…。 (たまに、期間限定で出来た・苦笑)
ちなみにこちらは分家さんで、壬生寺の南に“八木宗家”があるようですね。
何年ぶりだろ~…(たぶん、6、7年ぶり??)
拝観料(お寺じゃないか・笑)1,000円<菓子・抹茶付き>をお支払いして、邸内でガイドさんの案内を伺って来ました~。 個人的に気に入ったのは、芹沢さん暗殺の際に出来たといわれる鴨居の刀傷よりも、何を隠そう、八木邸のお庭だったりします(笑) あのお庭、最高でした…!
見学後は、お隣のお菓子屋さん(京都鶴屋鶴寿庵さん)で、お抹茶とこちらのお店の看板商品、中に壬生菜の入った“屯所餅”をいただきます★
一服しながら、ちょうどこの時、いにしえの日テレ『年末時代劇』シリーズのお話で盛り上がっていたような…。
ちなみに、私の中のベスト3は
1.『田原坂』
2.『五稜郭』
3.『奇兵隊』
です。『白虎隊』は名作だけどかなり可哀想すぎ、『勝海舟』も面白いけど、ベスト3ほどのインパクトがない! ということですかね![]()
また、こちらの5作品はぼちぼちと…久々にDVDを紐解いて感想を書きたいと思っているんですが…。
は。
話がそれました(おいおい)
その後、壬生寺境内を散策、毎度おなじみ(?)光縁寺にて山南さん達のお墓参りをさせていただきました。
四条大宮に出た我々…昼食を摂るために移動することになったのですが…続きはまた次回の記事に譲ることといたします!
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第2回 山南忌…記念式典の開始時刻は午後1時半。
すべり込みだった昨年の反省を踏まえて(?)、若干早めに会場…壬生寺境内にある“壬生寺会館”へと向かいました。
が。
…。
…。
…。
会場、すでにほぼ満員状態やないですか![]()
私とMさんは辛うじて並んで着席する場所があったんですが、少し遅れた開会の段階では、立ち見の方も結構いらっしゃったようです。
何でも、今回は200人近い人達が参加されていたようで…!!
昨年同様、壬生寺の松浦貫主(かの唐招提寺長老でもいらっしゃるのです!)と参加者全員による“黙祷”から始まりまして、島原の司(つかさ)太夫による“奉納舞”は、こちらも昨年と同じ『黒髪』…しっとりとした舞に、しばしため息でした。
続いての、さくらさくらカンパニーさんによるお芝居『山桜幻想』は…正直、20分足らずの短いものでしたが、最後の方はホントに泣きそうになってました
山南さんがトシに残した書状には、一体どんなコトが書いてあったんだろう? …なんてふと考えながら拝見していたんですが、トシ×総司×明里さん、という登場人物がなーんかいいなぁ~…と。とにもかくにも、会場が暗かったら100%泣いてましたね![]()
まるで“宝塚”のようなステキな女性3人さんだったのに、お芝居に見入っていたら写真撮り損ねました(泣)
今回の“講演”は新選組研究「化」(笑)の、多田敏捷さん![]()
本職は古美術商とのことですが…その本職をフルに活かされて、たくさんの貴重な史料を収集なさっておられるようです。また、前川邸が幕末当時に朝廷や幕府に対して相当の力を持っていたというお話は、何か私にとっては「青天の霹靂」って感じで、まさに「へぇ~っ!!!」でした。
そして、天然理心流「撥雲会」の皆さんによる居合演武が始まりました!!
それまでとは違う、ピーンとした、ものすごい緊張感が漂います。
登壇された皆さんの顔ぶれは、私が記憶する限り昨年と変わらず…いやいや、今年はものすごーく若い少年が一番端っこにひかえておられましたが、明日の天然理心流を担う若者ですね! 来年は是非演武を見せて欲しいと思います。
近藤勇の生家・宮川家のご子孫の宮川さん、とても楽しいお話からお人柄が伝わります。源さんのご子孫の井上さんも、昨年とお変わりのないご様子。左の方の画像の、右の「突き」のお兄さんが、昨年私のデジカメのシャッターを切ってくれたお兄さんだと思われます(笑)
滞りなく式典も終了し、16時半過ぎだったでしょうか…壬生寺会館を出ますと、本堂前の広場に、お昼前に山南さんの墓前でお目にかかった男性のお二人さんが立っておられました。「ちょっとご挨拶」…のつもりが、どんどん話が盛り上がっていきます。(お二人さんは「ブログ」を通して知り合われたんだとか!)
やがて、女性お二人さんもその輪に加わり(こちらの女性お二人さんも「ブログ」を通して知り合われたんですって!!)、何だか大河ドラマ『新選組!』で、試衛館に続々と食客が集まってきた時のような感じ
(…って、どんな感じやねん
)
それが、男性の方のエノカマさんであり、女性の方のあさぎさんなんですよね★ (残りのお二人さんのサイトにはまだご挨拶行ってないんです~ 申し訳ございません!)
さすがに境内で立ち話を続けるワケにもいかずに移動を始めましたが、「どこか(お茶でも)入ります?」と、あっと言う間に四条大宮のタリーズへ雪崩れ込む、お一人が欠けた我々5人…。特に改まった自己紹介もナシに、それなのに話は自然と盛り上がります(笑)
コーヒーをいただきながらつくづく思ったのは、それまでまったく見ず知らずの、きっと一生顔を合わせたり、ましてや話をすることもなかったであろう人達と、何で一緒にコーヒー飲んでるんだろう??? ということ(笑)
いやいや、それはともかくも、「山南敬助」という、これまた全く見ず知らずの、(しかも一方的にこちらがお慕いしている・苦笑)ずっとずっと昔の人をきっかけ…というか「ご縁」に、そういう見ず知らずの人…しかも、いっぺんに4人の方(昨年はMさんだけでしたけども)とこうして出会えるなんて!!!!
こんなにスゴイことがあっていいんでしょうかねぇ~…。
「人の縁とは不思議なもので」
とは良く言ったものです。
みなさま、当日は本当にお疲れ様でした。
ステキな出会いをくれた山南さん、今年も本当にどうもありがとうございます![]()
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…早いものですねぇ~。
1年経ちました。
申し込みが遅れてしまったので、「もしかすると…」という悪い予感もしましたが、おかげさまで(?)無事に参加させていただけることとなりました★
はい、
第2回 山南忌(さんなんき)
がやって来たのでございます!
昨年とは打って変わって、本当に春らしい、あたたかい一日でした~。
まさに「奇跡的な出会い」を生んだ、昨年の“第1回 山南忌”。
その、同郷のMさんと今回は最初からご一緒する約束となっていましたが、Mさんが利用しようとしていた近鉄にトラブルがあったり、私が最寄のバス停から乗った市バスが“循環”じゃなかったり…といろいろありまして、無事に二人が合流出来たのが、四条大宮を下がった所のコンビニ前で、11時40分…![]()
旧前川邸での受付が12時までということもあって、ひとまず光縁寺もスルーして綾小路通りを坊城通りに向けて進んで行きます。
昨年は母屋へ上げていただく先でMさんと出会いまして、仏間へ至る廊下でかなり盛り上がり過ぎてほとんどその辺りの記憶がなかったので(苦笑)、今年は一歩一歩踏みしめながら、山南さんが切腹されたという部屋へ向かいました。
「丸に右離れ三つ葉立葵」の紋が施された黒の羽織の両脇には、今年も桜の花。ただ、羽織の下に飾られていた“菜の花”は、昨年はあったかしら…?? など、ワケもわからずボロボロと涙した昨年とは打って変わって、今年は部屋を見渡す余裕があったような気がします。(でも、その直後から夕方近くまで、ず~っと息苦しかったのは何だったんでしょうねぇ???)
無事に今年も「山南総長切腹の間」へ伺うことが出来て、「それでは」と、先ほどスルーして来た光縁寺へ引き返します。
おそらく、我々が「山南忌」参加組の中では一番遅い方だったと思われるのは、我々の顔を見たご住職のお言葉で察することが出来ました(笑)
「ご住職、今日はさすがに正装ですねぇ~」
…って、あれ? 昨年の山南忌の日のご住職の写真を今見てみたら、昨年はいつもの「作務衣」姿だったのに??(^^)
もしかしたら、ご住職の「らしい」お姿、初めて拝見したことになるかも知れません!!
さてさて。
ご住職に火を灯していただいたお線香を手に山南さんの墓前へ向かいますと、菜の花の黄色が何よりもまず目に付いて、それがまた何とも鮮やかでした…!!
普段は大のハチ嫌いな私なんですが、この菜の花に小さいハチが1、2匹やって来るのを見ていたら、何だか気持ちがほんわかして来ましてねぇ~…。
「あ~、春が来たんやなぁ~」
って♪
時間的にも日当たり良好で、ともすれば「暑い」くらい(苦笑)
とにかく、Mさんと二人でゆっくりお参りすることが出来ました。
と。
そこへ。
男性のお二人連れがいらっしゃいました。
話の内容からして、お二人とも、そのテの話題にはとても詳しそう(笑)
そのうちにMさんがその話の輪に加わり、やがて山南さんのお墓を囲んで、どこのどなたかも存じないお二人さんと、しばし井戸端会議のようにお話をさせていただきました![]()
我々と同じく「山南忌」に参加されているとのこと…先にお二人さんが墓地から出て行かれ、我々もその後に墓地を出ましたが、本堂の前まで来ると、正装のご住職(そこを強調しない!・笑)が参拝に来たと思しき男女の方と何やらお話中…。
ご挨拶もそこそこにお寺を出まして、午後からの“記念行事”に備えての腹ごしらえに向かった先は、四条通壬生坊城町にある“麺屋 七福神”さん★ 七福神ラーメンとチャーシューめしをいただきました~![]()
至福の1杯を、ごちそうさまでした(笑)
其の弐につづく。
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さあっ! いよいよ2月3日の「完結編」ですよ~っ(笑)
…というか、まだ終ってなかったのか![]()

壬生寺を後にして、次に足を止めたのが和菓子の“鶴屋”さん…新選組の、壬生屯所となった八木さんのお宅ですね♪ 八木邸の拝観は19時を過ぎていてさすがに終っていたようですが、お店の方はたくさんのお客さんがいらっしゃっていたので、それに釣られて(寒いから早く帰りゃいいのに・苦笑)、私も久々にフラ~っとお邪魔することに…。

他のお客さんが“ぜんざい”を食べてたので、早速私もそれに便乗![]()
![]()
あったかいぜんざいをいただきつつ、背後の壁に(未だに)貼り付けてある大河ドラマ『新選組!』のポスターをスミからスミまで堪能して参りました![]()
四条通りに出て、スーパーで買い物をして帰って来たんですが、スーパーに陳列してあった「巻き寿司」の数がハンパじゃなかったですねぇ~(冷汗) あの時間であの残り具合ってどうなのよ…と、余計な心配をしながらも(ホンマや
)、本当に楽しい“節分”を過ごすことが出来ました~っ!!
ただただ、感謝感謝![]()
P.S 画像のカーネルさんは…前日の2日、仕事の帰りに新京極で撮った画像ですね。これでも薄着なくらい、京都は寒い日が続いてます![]()
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…やっぱり、今日の休みも晴れなかった…。
冗談ヌキで、今年に入ってからの休みに1日たりとも青空を見たためしがない(号泣)
でもでも、お昼頃に中学時代のクラスメイト(現在、愛知県在住)から電話をもらって、しばらく話してたら元気が出て来ました★
今日は『節分』。
…暦の上では、冬は今日まで。明日からは“春”が来るということなんですよねぇ。
つい昨日、年を越したかと思ってたんですけどねぇ…まったく油断もスキもありゃしないですねぇ…ホント、ボヤボヤしてたらいけません…(苦笑)
前の仕事で『節分』というのは「超」がつくくらい大切なイベントだったので、もちろん仕事が休みになったコトはただの一度もナシ。
京都に来てからの、昨年の『節分』はというとこれまた仕事。(ブログを読み返してみたら、生まれて初めて髪の毛を染めた日だった・笑)
…ということは、『節分』に休みだったのは、学生時代以来10数年ぶりの快挙だったということなのか!? って考えると、今日ってものすごい貴重な1日だったのね(笑)
天気の如何に関わらず、今日は壬生へ出かけようとは思っていたんですけども…ちょっとそのコトであれこれネットで調べていたら、突然“インド舞踊”なる文字が目に飛び込んで来ました。
見たい!!!
場所は廬山寺!
時間はその時点で30分ほど前!!
よし、間に合う!!!
…速攻、部屋を飛び出しました(苦笑)
私の中では何となくマイナーなお寺のイメージがあるんですけど、“廬山寺”と聞いてピーンと来る方はお花の好きな方と、『源氏物語』もしくは紫式部がお好きな方なのではないかな、と思います。
というのも、廬山寺というのは桔梗の花の名所であり、また紫式部の邸宅跡であるからに他なりません。
これでも私、学生時代にまがりなりにも『源氏物語』をかじった人間ですし(冷汗)、奇しくも今年は『源氏物語千年紀』!! まさに今日、千載一遇のチャンスがやって来たではありませんか~っ★
廬山寺があるのは上京区。広大な京都御苑の東側になりますね。近くには新島襄旧宅とか、三条実美を祀った梨木神社、御所の猿が辻付近で暗殺された姉小路公知卿のお墓のある清浄華院など、幕末関連の史跡(御苑とか御所自体もそうですよね!)もたくさんある地域なんです♪



今年が『源氏物語千年紀』であるコトを記念してのインド舞踊奉納だということなんですが、私が現地に到着したのは、開始時間の14:30ギリギリでした。
それでも割り合いベストポジションを押さえることが出来ました★
時々雨のパラつく寒い中でしたが、お姉さん、ステキな踊りをありがとうございました♪
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新年も10日を過ぎたというのに、相も変わらず昨年末のお話が続きます(苦笑)
12月22日(土)…確か、この日は朝から肌寒い曇天でした。
春の『山南忌』でお友達になった同郷のMさんがいらっしゃるということで、11時過ぎだったでしょうか…京都駅地下のポルタにて待ち合わせ。
得意の(?)自然食バイキングのお店『ハーベスト』さんにて、積もる話もあって制限時間の1時間半ギリギリまでテーブルにて盛り上がり、その後我々が市バスで向かったのは四条大宮。
「壬生へ行きたい!!」
というMさんのリクエストと、私自身も最近ご無沙汰していたということもあって、早速、山南さん他、新選組隊士のお墓のある光縁寺へお邪魔して来ました。
もうその頃には雨も降り出していて(バスに乗る時点で降ってましたねぇ~)、傘を差しながらのお墓参りでしたけれども、
「今年も1年、ありがとうございました」
と山南さんにお礼を言うことが出来てひと安心…♪
さらにはご住職のご厚意で本堂にあげていただいて、こちらのご位牌にも焼香させていただけましたし、そうこうしているうちにご住職がいらっしゃって、そこであんな話やこんな話で盛り上がるったらありゃしない(冷汗)
すっかり長居をしてしまい、帰ろうとした私が玄関先で
「ご住職も、どうぞよいお年を」
って声をかけたが最後、そこからまた“お正月”についてのお話が始まり、これがまた止まらない(笑)
でもご住職、ありがたいお話や楽しいお話を今回も本当にありがとうございました★
…と、ここまでは「前フリ」。(えええ~っ!!!・笑)
開けっ放しの本堂、玄関先での立ち話…。
すっかり体の冷え切った我々は一路壬生寺方面を目指すのですが、その途中に一件のお肉屋さんを見つけました。…と言っても、そのお肉屋さんは私が学生の頃に京都へ通い始めた頃にはすでにあったお店屋さんなんですけどね。
軒先に掲げられた「ツナクリームコロッケ」の文字にすっかり惹かれて、ちょっと寄り道していただいて行くことに♪
さかのぼること10数年前にも、友達と前を通りかかった時に「コロッケ食べよ~!」って言って立ち寄ったコトのあるお肉屋さんです。
ところがところが。
実はこのお店、『さだまさし御用達』のお店なんですってね~!!!
何と(という程でもないけれど・笑)、さだまさしFCの会員という顔も持つワタクシ、以前の会報誌でそんな記事を読んでビックリしたんですけれど、さっきも、さだまさしオフィシャルサイトを見に行ったら、やはり紹介されていました、『喜楽亭』さん★
アツアツの揚げたてで、美味しかったですよぉ~、ツナクリームコロッケ!!
よくよく考えてみたら、こういう個人のお肉屋さんに入ること自体がものすごーく久しぶりでした…。
まだまだ、こうして頑張っているお店屋さんもあるんだなぁ~と、ちょっと感動。
頑張れ! 町のお肉屋さん!!
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始まりましたねぇ~。
何だかんだでNHK総合とBS-2、2回見てしまいました(苦笑)
2004年の名作『新選組!』以来の幕末であり、1990年の『翔ぶが如く』以来の薩摩モノですね★
「2回見た」…ということで、ひとまず好感触だったことはおわかりいただけるかと思います(笑)
篤姫(於一)の生まれた直後の役の赤ちゃんが、超かわいかった~っ(泣) ものすごくニコニコとよく笑う赤ちゃんでした…あの顔見たさに、今度の再放送も見てしまうかもしれない(笑)
私が幕末好きになったキッカケが、この平成2年(1990)の『翔ぶが如く』だったので、幕末の薩摩にはちょっとうるさいですよ~(そうか??)
『翔ぶが如く』は全編がコテコテの薩摩弁だったので(最初はサッパリ解りませんでしたが、最終的には逆に愛着が沸きました★)、今回の『篤姫』、今のところ舞台は薩摩なのに、登場人物で薩摩弁を話す人がメチャメチャ少ないのにちょっと物足りない気が…。
オープニングのテロップを見ていたら薩摩弁の方言指導に、あの西田聖志郎さんが起用されていたので、久々にビシバシと薩摩弁が聞けるかと期待していたのですがねぇ~。
西田さんは登場されないんでしょうかねぇ? そのうち舞台は江戸に移ってしまうから、それはないかな、やはり。『翔ぶが如く』では私学校党の双璧の一人・篠原国幹(しのはら・くにもと)役、日テレの年末時代劇でも熱血薩摩藩士役(笑)で何作か登場なさっておられた役者さんです。
まぁ、『翔ぶが…』の方は『新選組!』のような男くさ~いドラマでしたから。
今回は、何か主人公が女性だし、於一にしても尚五郎にしてもまだまだ若いので、さわやか~な感じはしましたよね。今の時点では、まだホームドラマって感じで。
でも、ここに来て尚五郎…のちの小松帯刀(こまつ・たてわき)がクローズアップされる日が来ようとは~(感無量) 私、『翔ぶが…』の、地味だったけどものすごく落ち着いてて頼りがいのある、大橋吾郎さんの小松帯刀が大好きだったんですよねぇ~。
小松帯刀が明治維新の影の立役者であることは間違いはないわけだし、昨日の、ちょっと頼りなげな尚五郎がどういう過程で「小松帯刀」という人になっていくのか、気になるところかも、です。
しっかし…。
まさか、第1話から登場するとは思いませんでした…。
さぞ難しい役どころだと思うんですけど、本当にこのお方は“演技派”ですねぇ~。
堺雅人さん演ずる徳川家定…登場した時には、想像していた以上のハイテンションに目がテンになってしまいました(冷汗)
『新選組!』のクレバーな山南さんとはまるっきり、180度違うキャラクターですけど、どうやらこのまま壊れた(?)ままではない、キャスティングが堺さんだからこそ、という心の機微を拝見出来そうなので、短命な家定公ですがこの先をハラハラしながら(苦笑)注目して行きますよ~。
それでは、キリがないのでこの辺で(笑)
そうそう、全然関係ないですが、年末に私の中に大感動を巻き起こした『海峡』が3月に再放送されることが決まったそうですね。
春にはフジテレビで『眉山』も始まるそうな…。
『篤姫』 『海峡』 『眉山』 …全部、漢字二文字やなぁ~ (だから、何やねんって・笑)
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満を持して登場(?)の、さくらばネタ(笑)
…というワケでもないんですが、1時間半弱の清水寺での自由行動を終えてHさん達と別れた私は、「清水寺界隈に来たら寄らずにはいられない!!」というくらい大好きなお店『桜庭』(さくらば)さんへ直行しました!!
三年坂を少し下った所にあるんですが、とにかく店内は“さくら”の雑貨でいっぱい…★ このブログの名前も、実はここから(勝手に)いただいてしまいました(苦笑)
さて、今回は珍しく1Fの雑貨屋さんは見て歩くだけにして、2Fにある『さくらばcafe』さんへお邪魔して来ました~!
今回で2度目になるんですが、こちらでご紹介するのは初めてですね。
椅子がさくら色なら、奥に見えてる壁の絵も一面のさくら!!! 文字通り、さくら好きの聖地です(笑)
メニューはスイーツOnly。
和三盆とか黒糖とか小豆とか…京都らしい、和風なスイーツがいただけるお店なんですが、若干値段設定が高めなのがなぁ…(泣)

今回のオーダーは“濃厚桜チーズと日替わりアイス ほうじ茶セット”(\945)
ご覧下さい…!!
あまりに綺麗なので一瞬目がテンになりました(笑)
チーズケーキは抹茶のタルトに小豆がサンドされていました♪ まわりの桜の花は白餡を使って描かれています…★
今回私が座ったのは三年坂を見下ろせる窓際だったんですが、窓から見えているのは幕末史跡でもある“明保野亭” (あけぼのてい)。(ちなみに、当時の明保野亭の場所とは若干違うようです)
坂本龍馬がよく利用したといわれており、また池田屋事件の直後に発生した“明保野亭事件”の現場でもあります。これは何とも痛ましい事件です。傷を負わされた土佐藩士は「士道不覚悟」で藩から切腹させられるし、傷を負わせた相手の会津藩士の方も責めを負わされて自刃させられるという、つまりざっくり言えば「ケンカ両成敗」…。
あ。 この画像の窓枠の中に坂本龍馬が見えてるの、わかるかな??
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“幾松”
上木屋町にあるいわゆる「高級料亭」といわれる所です(笑)
我々幕末好きの間では、幕末Big3(?)の一人、長州の重鎮・桂小五郎さんの寓居の跡としても有名な所ですね。
当時は“吉田屋”という屋号だったそうなんですが、この“幾松”というのは桂さんのロマンスのお相手、芸者“幾松”から取っていることも周知の事実でしょう。
テレビで氷川きよしくんが訪れてるのを見たことがあるけど、今回の旅(?)のお供のEちゃんやMさんによると、山本耕史・照英の『新選組!』ペアも来ていたのだそう★(あたしゃ、そのテレビの放送を見逃したのさ…)
ちなみに、一度はEちゃんにお誘いいただいて、そしてそれで感激した私はその翌年にボーナスはたいて(?)両親を連れてお邪魔したコトがあるんですけども(冷汗)
で、今回です。
とにもかくにも、Eちゃん! よくぞ思い出してくれました!
確かに、幕末好きの3人が集まったのならここに勝る場所はありません!!(もし四条河原町なら、私は“志る幸”に行こうとしていたかも・笑)
Eちゃんとも以前、こちらにも来たことがありましたね~。私も個人的にちょくちょく利用させていただいている所なんです (*^-゜)v
料亭“幾松”の方は昼夜問わず要・予約なんですが、別館の“維新庵”は予約不要でお邪魔出来ます♪ はい、この扉が入口です。
で、こちら(→)がお品書きです★
料亭“幾松”の味が、ホントにリーズナブルなお値段で味わうことが出来るんです!! ここもオススメしたいお店の一つですね。
桂小五郎に始まり、象山先生、大村先生、龍さん、西郷さん…この順序には何の意味…もないんでしょうが(笑)、いっつも私は桂さんだったので、今回は象山先生御膳にランクアップすることに決定!!!(笑)
お昼にはまだ早いこともあってか、店内にはだ~れもいませんでした(笑) オーダーしてから15分ほどして…
まずはMさんオーダーの“桂小五郎御膳”(\1,030)がやって来ました!! この値段でこのボリューム、彩り、そして味はあり得ません!!
Mさん曰く、“もっと薄口なのかと思ったら、結構しっかり味がついていてものすごく美味しい…♪”とのことでした。
続いて、Eちゃんと二人で初オーダーの“佐久間象山御膳”(\1,900)登場★
おお、重箱かい Σ(゜д゜;)
この重箱の登場前に、我々には“食前酒”があって、夏みかんの食前酒をいただきました~★ 私、普段はお酒は飲まない人なんだけど、コレは甘くって、すっごく美味しかったな~♪
ハイ、これが(←)“佐久間象山御膳”の全容です(笑)
重箱の他に、御飯、お味噌汁、天ぷら…そして食後にデザート(今回は梨)がついています。
あ、この画像の上の方には“桂小五郎御膳”が一緒に写ってますね。
いっつも桂さんだった私、今回初めて“佐久間象山御膳”にトライしてみましたが、大満足です!!(泣)
“大村益次郎御膳”にレベルアップするのはいつになることやら…大村センセイ、待っててね(苦笑)
食事ですっかり満足してしまって、すっかり本来の目的を忘れてしまっていた我々でしたが(おいおい)、気を引き締めまして、いざいざ、大阪の山本耕史くんの元へと向かいます…!!!
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京都の街を歩いていると、あちこちで、しかもいろんな種類の“あぶらとり紙”を見かけます。
ご存知の通り、京都には祇園や先斗町などたくさんの花街がありますから、“あぶらとり紙”は古くから舞妓さん達の化粧用品として珍重されてきたんだそうですが、今ではそれがすっかり一般の女性にも定着していますよね。
京都の“あぶらとり紙”の代表格と言えば…やっぱり「よーじや」さん??
確かに、こちらの紙袋をさげてる人はかなりたくさん見かけます。(これまた、店も多い・笑)
そんな中、です。
四条河原町をちょっと上がった所に、「象」というあぶらとり紙専門店があります。
ちょくちょく前を通ってはいたんですが通り過ぎるだけだったので、先日初めて中に入って来ましたよ~。
商品を見ていると、スタッフさんが「どうぞお使い下さい」って、あぶらとり紙を1枚手渡して下さって、その場で使わせてくれるんです。
「コラーゲン入りです」と言われても、正直ピンと来ませ
んが…(冷汗)
私は、アロエエキスが配合されていてトラブル肌向け…という「アロエ」をいただいて来ましたが、他にも、先ほど話の出た「コラーゲン」とか、「シルク」、「紫根」、「メンズ」などなど…たくさんの種類があります。
あとは「よーじや」さんのように、ハンカチやコスメ関係など…わずかな敷地なんですが、店内ではいろんな和雑貨なども扱っていらっしゃいます★
その中で、です。
こ~んな“あぶらとり紙”が売っています。
その名も
『龍馬と慎太郎』!!!
新選組の“あぶらとり紙”は京都駅前の土産物屋さんとかでちょくちょく見かけたことがありますが…。(そういや、買ったコトはないなぁ…)
実はこのお店、坂本龍馬の盟友・中岡慎太郎の住んでた家の跡地なんですよ~。
キッと正面を見据えたアップの写真でそのお顔をご覧になられたことのある方も多いと思いますが、何かの本で、その写真とは正反対のものすごいさわやかな笑顔の写真を見てぶっ飛びました(笑)
あの当時の写真で、あれだけのさわやかな笑顔で写真に写ってるのって彼だけと違うかなぁ~♪ カッコいいぞ~慎太くん!!(笑)
坂本龍馬がクローズアップされすぎて、中岡慎太郎がどうしてもその影に隠れてしまってる感が私などにはあるんですけど、彼はもっともっと、今よりも評価されてもいい人物だと思うのは私だけなんかなぁ~…。 
店内のレジの所に、周辺の幕末史跡をチェックした地図が置いてあって、自由にいただくコトが出来ます。さすが、店の建つ場所が史跡という心遣いですね★
「本間精一郎」の名前にちょっと誤植を発見してしまいましたがそこはご愛嬌…(そうか??) 初めて付近を散策される方などは重宝されると思います!!
…でも正直なところ、“あぶらとり紙”なんてどれでも同じやん…実は、私はそんな不届きなコトをチラッと思うとか思わないとか(苦笑)
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3連休なんかあっという間に過ぎ去った16日(木)早朝…。
思いがけなく早く目が覚めてしまいました。
…寝苦しくて(苦笑)
実家の方では絶対にあり得ない蒸し暑さ…嗚呼、やっぱりココは京都なのね…(泣)
何にもしていないのに、横になって息をするだけで汗が出る!!!
と、その時、携帯電話がメールを受信。
こんな朝早くから、誰かしらん?? と思ったら、このブログにもたまに遊びに来て下さるsagaさんから、「今から京都に行きます」という何ともイキナリの宣言でした(笑)
もちろん私、仕事だったので、仕事の後でよければ…ということで、18時半頃だったでしょうか、四条大橋の真ん中でsagaさんとの合流に成功です★
それにしても、sagaさんにお目にかかるの、10年ぶりくらいでしょうか??
一度、3、4年前に実家の側までいらっしゃるということでお会いする約束をしたものの、私がよりによって京都からインフルエンザをもらって来て、すっかり寝込んでしまってNGになってしまったことがあったんですよね~。
そもそもsagaさんとは“幕末”がご縁なので、ご飯食べるなら幕末ゆかりのココで!!と、半ばムリヤリ(?)ご同行いただいたのが、四条河原町上がる一筋目を東に入った所にある“志る幸”さん。
「汁」と書かれたお店の暖簾がよく目立つのですぐおわかりいただけると思います。
斜め向かい側には、喫茶店「築地」もあるんですよ♪
ご覧いただいてお解かりの通り、こちらのお店のメインは“汁もの”です。具を選んで、赤味噌、白味噌、すましの中から選ぶ…というもので、意外にココ、穴場と呼ぶにふさわしいと思いマス★
そうそう。
何でここが“幕末ゆかり”か、ということですね。
実はココ、近江国出身の尊攘派志士・古高俊太郎の邸宅跡なんでございます。
表の顔は「枡屋喜右衛門」を名乗り古道具などの商いをしてるんですが、実は実は、裏では尊攘派としっかり繋がっていて、それを嗅ぎつけた新選組に踏み込まれ、古高さん、捕まってしまったんです…。
トシ…いやいや、土方副長のそれはそれは厳しい拷問の末に白状した驚愕の計画を阻止すべく新選組が動いたのが、いわゆる“池田屋騒動”…ですから、この地が“池田屋騒動発端の地”と呼んでも過言ではないんでしょうね。
そんな「志る幸」さん、先ほど“汁もの”がメインと書きましたが、こちらのお店にはもう一つ、『利休弁当』(確か、\2,415)なる名物がございます。
これまで4、5回…いろんな人とお邪魔して、毎回コレをいただくんですが、変わりませんねぇ~★ (たぶん、最も昔は15年くらい前のような気がする・笑) 何がたまらないって、この白味噌のお味噌汁!!! 一度味わったら忘れられない甘さです…♪
まさか、久しぶりに『利休弁当』が食べられるなんてなぁ~…。
しかも、sagaさんにご馳走していただけるなんて(号泣)
なので、五山の送り火があったけど、見られなくても全然OKでしたとも!!!(笑)
その後は「築地」…ではなく、「ソワレ」に行ってしばらく談笑。大河ドラマネタで大いに盛り上がったあと、京都駅に向かうタクシーにちゃっかり便乗して、途中下車させていただきました(笑)
岐阜の多治見で40.9℃を観測したということで…もちろん京都も“猛暑”を通り越して“酷暑”でしたが、sagaさん、ごちそうさま & 関東からの遠征、本当にご苦労様でした!!
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石清水八幡宮は、大分の宇佐神宮、鎌倉の鶴岡八幡宮と共に『日本三大八幡宮』と呼ばれているそうです。
また、ここは伊勢神宮に次ぐ皇室第二の宋廟とされているんだとか! 確かに、浩宮さま(今の皇太子さま)のご生誕を記念する額とか、奉納されてあったなぁ~…。
男山の麓は木津川、宇治川、桂川の合流地点があって、この地はまさに交通の要衝。京の都の“鬼門”に比叡山延暦寺が位置していて、“裏鬼門”にこの男山の石清水八幡宮が位置しているということで、いろいろ歴史を紐解いていくとどんどんハマって行きそうです(笑)

さきほどの『徒然草』もなんですが、石清水八幡宮という場所は我々幕末好きにとっても何かとご縁のある場所なので、そういう意味でも以前から「行かなくちゃ!」という場所の一つでございました★
文久3年(1863)4月、時の孝明天皇が攘夷祈願の行幸をされた場所であり、翌元治元年(1864)の7月には長州藩の面々(主に来島又兵衛vs久坂玄瑞だよね…久坂、可哀想に…)が議論を戦わせた場所でもあり。ここで来島さんを抑えられんかったのがなぁ~…直後の“蛤御門の変”へと、そのまま繋がっていくんですよね…。
鳥羽伏見の戦いの時にも幕軍が陣を敷いて、麓の方はかなり焼失しているようですし、幕末だけでもこんなに見所満載の石清水八幡宮…。
でも。
正直、今日はそんな気分じゃございませんでした。
八幡の駅に戻ってきたあたりから、珍しく早起きしたせいか(苦笑)、急に頭が痛くなって来たということと、男山山上に上がった途端に私を襲う「蚊」の群れ!!!(実話)
ケーブルを降りて山道を歩いていると、妙に腕がくすぐったい。
何気に見てみると、黒と白のシマも鮮やかな、おっきな蚊が2匹も私の腕を狙ってる!!! 1匹は叩いたけど、何かその後も蚊に付きまとわれて、正
直、その後は落ち着いて歩いてられませんでした(号泣)
…トドメはコレ(→)。
「ご注意」のしようがないよ、スズメバチ…。
それでなくともハチ嫌いなのに、この「スズメバチ」という文字を見た途端、私はその場を離れたのでした…。(この奥に、谷崎潤一郎の歌碑があったけど、とてもじゃないですが、怖くてじっくり見てられませんでした・苦笑)
ま、でもお参り出来てよかったです…★
『徒然草』にも出て来ましたが、石清水だと思ってお坊さんがお参りをした高良神社など、他にも駅周辺にいろいろありそうなので、近いうちに、また散策しに行けるといいな~と思います!!
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“花見小路通り”って面白いな~と思うのは、東西に走っている“四条通り”を境にして、北と南とで全然違う「顔」を持っている、というところ。
四条通りより北側は、何だか雑居ビルでガチャガチャしていて、とにかくスナックやクラブのオンパレード(笑)
でも反対に、四条通りよりも南側はご覧の通り『これぞ京都!!!』って佇まい(笑) 何とまぁ極端なことでしょう。
その、まさに境界にあるのが「京都一格式が高い」とも言われる伝説の(?)お茶屋さん『一力』。
夜な夜な、“みのもんた”クラスの人が豪遊するんでしょうねぇ(笑)
…と、そんな冗談はともかく、文字通り『一見さん お断り』なんだそうで、常連さんの紹介がなければ中には入れないと聞いたことがあります…。
紅色の華やかな壁と竹で編まれた犬矢来に風格を感じますね。この辺りのランドマークとして、その存在感は抜群です。
歌舞伎に詳しい方なら『仮名手本忠臣蔵』の中で、敵の目をくらます為に大石内蔵助が豪遊するくだりをイメージされるかと思うのですが、我々“幕末派”(?)としましては、文久3年10月の諸藩周旋方の会合でここが使用され、かの近藤勇もここを訪れたと言われる、という方に気を取られてしまいますね(笑)
もともとの屋号は『万亭』だったのに、なぜか「万」の字が「一」と「力」に分解されて、『一力』(もしくは『一力亭』)と称されるようになったんだとか…(笑)
そうそう、“八坂女紅場学園”の授業日割表を発見してしまいました。
“八坂女紅場(にょこうば)学園”というのは、ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、芸・舞妓さんが“舞”や“三味線”を習う学校です。
この黒板を見て、舞妓さん達は自分の習い事に通うんだそうですよ。
黒板の一番手前に、京舞井上流の家元・井上八千代さんの名前が見えました。
…私、最近はパソコンの中に取り込んだお気に入りの歌をランダムに流しながらこうしてパソコンを触ってることが多いんですが、今、ホントに偶然に“花見小路”というフレーズが流れて来ました!!(泣)
♪ 世に永遠のないように 儚き夢は風の中
花見小路のきらめきも いにしえ人の歌の中…
まっさんの歌ですが、この歌に関しては兄貴・谷村新司さん(笑)の作詞です!
『桜月夜』…京都を舞台にしたタンゴ調のカッコいい歌なんだな~これが…。
『新選組!』の登場人物を使ってプロモーションビデオを作りたいくらいの勢いです(苦笑)
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つづいて立ち寄ったのは、堀川通塩小路下るにある“リーガロイヤルホテル京都”です! ご覧下さいませ、この立派な佇まい。
別にお茶をしに行ったわけでも、もちろん泊まりに行ったワケでもございません。
ここも、れっきとした幕末史跡のひとつなのです。
新選組 不動堂村屯所跡。
新選組の、京都における最後の屯所が置かれた地です。(ここの前が、西本願寺でしたね。で、その前が壬生だから、3代目の屯所。)
この屯所の敷地面積としては、1万平方メートルあったらしいのですが、正直ピンと来ませんね(苦笑) とにかく、近藤勇や土方歳三にそれぞれの居間があったり、隊士たちの部屋があったり、長屋、馬屋、客間…あと、30人くらいが一度に入れる大浴場があったりしたとか。
この地に屯所を構えたのはわずか半年ほど。その後、鳥羽伏見の戦いが始まったりしています。
ひと言で「1万平方メートル」と言われてもピンと来ませんが、下京区役所のはす向かいにあるホテル“ハトヤ瑞鳳閣”さんの前にも「この辺り 不動堂村屯所跡」という立て札があるので、それを考えると
あ~、相当広かったんだな
ちなみに、リーガロイヤルのはす向かい…まさにちょうどこの画像のあたりになりますが(この画像の左側が“堀川通”です)、近藤勇の妾宅があったとされています。
伊東甲子太郎は近藤勇の招きでこの妾宅で酒を酌み交わし、その足で油小路で斬殺されていますから、もう眼と鼻の先での出来事だったということになりますね。
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昨日の続きで恐縮ですが(苦笑)
“自転車”という気軽さも手伝ってか、“光徳公園”から京都駅・ポルタを目指していた私は勝手気ままに自転車を走らせ続け、ふらりと“油小路通”に入り込みました。
“油小路通”
最近知ったんですが、京都市内で南北に一番長い通りがこの“油小路通”なんだそうです!!! (ちなみに今、地図を見てみましたが、北は上賀茂神社付近から、南は伏見区の宇治川の手前…横大路のあたりまで延びてました。建設中の京都高速に沿っている感じですね。こうやって改めて見てみると、やっぱり地図って面白いなぁ★.。.:*・゜)
この通りがなぜに“油小路通”という名前なのか…別段、油を売る店が多かったとかそういうコトではなさそうなのですが…????
それよりも何よりも、幕末ファンで“油小路”といえば…きっとピンと来る事件がおありでしょう(苦笑)
そう。
いわゆる“油小路の変”というやつですね。(え、マニアック???)
参謀の職にありながら新選組から分離脱退、同志と共に御陵衛士を組織した伊東甲子太郎(いとう-かしたろう)が、慶応3年(1867)11月18日の夜、待ち伏せしていた新選組に斬殺され、それにおびき出された伊東一派も続けて殺害されたという事件でした。
我が三重県の至宝(もういいって・苦笑)・藤堂平助も24歳の若さで斬殺された一人です。
下京区油小路通木津屋橋上る…にある“本光寺”はその伊東甲子太郎(享年33歳)が絶命した場所だと言われています。
何年か前、友人Eちゃんと初めて訪ねた時には、この場所を3往復くらい素通りしていました(実話) 何か、周囲に溶け込みすぎて思わず素通りしちゃったんですよね(苦笑) 初めてお出かけの方…七条通から入った方は、とにかく右(東側)だけに集中してて下さい(笑)
それにしてもこの画像…夕方で西日をモロに浴びているので石碑に書いてある文字がさっぱりわかりませんねぇ…。
インターホンで来訪の旨を伝えると、中に入れていただけて50円だか100円で説明書などをいただけるようです。
伊東先生か…。
大河ドラマ『新選組!』で伊東先生を演じていらっしゃったのは、今、一番ホットな俳優さんのお一人、“微笑みの貴公子”(←私が勝手に命名・笑)谷原章介さんでしたね。あの口角の上がり具合、うらやましいにも程がある!!!(←切実)
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大乱調だった昨日から一転し…と言いたいところですが、何と休みの今日も大乱調は続いています(冷汗)
朝から、今にも雨が降り出しそうなお天気…にも関わらず、大乱調を吹き飛ばしたいがためのアクションに打って出ました(笑)
「そうだ!! 前から言ってみたいと思ってたカフェに行ってみよう!!! んで、京都御所をぶらぶら散歩でもするか!!!!」
動けば雷電の如し…
高杉晋作のような私(笑)はさっそくバスに乗って“河原町今出川”へ…。
(注:ただし、私の場合、動くまでに時間がかかる・苦笑)
銀行とコンビニで野暮用を済ませ、出かける前に見たネットの地図の場所へと向かいます。…って、あれ??? お店がない??? 確かにこの通りの「北側」だったハズなのになぁ~??? …結局別の通りもいろいろ歩いてみましたが見つけられず、「移転した もしくはつぶれた」と結論付けて、今にも雪でも降るんじゃないかという鉛色の空の下、京都御苑にやって来ました。
石薬師御門から入ったんですが、しばらく歩いていくと北側に、厳重に囲われた屋敷跡のような場所を発見…。
『祐井』
とあります。
…あ~っ!!知ってる知ってる、これ、『さちのい』って読むんでしょ!? あ~、ここか『さちのい』!!(ただし、喜びも束の間、よく見るとちゃんと“ふりがな”がふってあります・笑) 長い幕末ファン暦の中で、何と初めて訪れました~。 要するにそれはなんぞやと申しますれば、“明治天皇 生誕の地”なんですね。
写真に撮らなかったんですが、この敷地の奥の方に“井戸”があって、京都御所の三名水といわれた井戸なんだそうです。
この場所は明治天皇のお母様のご実家・中山邸の跡地で、明治天皇の幼名「祐宮」から、その井戸を『祐井』と呼ぶようになったということらしいですけども。
…と、ここで、です。
携帯電話のバッテリ切れ…。
信じられない…。
だから、“井戸”の写真が「ない」んです(号泣)
もう愕然としましてねぇ…空は相変わらず鉛色だし、ムチャクチャ寒いし、散歩する気も失せてしまって、まだ見たことのなかった京都迎賓館とやらも、まだ咲いてるかな、どうかな、と楽しみにしてきた梅も見ずに引き上げるコトに決定…。(その後、コンビニにて充電器を購入)
途中に立ち寄ったお店で遅いお昼をいただいて(14時でしたか…“おもいっきりテレビ”が終ったから・笑)、そこへ友人・Sちゃんから「ヒマしてるなら遊びにこ~い」というメールをもらったんですが、確かにヒマはヒマでも、どうも今日は部屋でじっとしてるべきなのではないかと思って、そそくさと帰って参りました。
ただ、ちょっと郵便局に用があったので立ち寄ってきたのですが…
ここでも、ありました。
振込をしに来たのですが、その際に必要となる申し込み番号のようなものを、どうやら部屋に置いてきてしまったようなのです!!!!
はぁ~…っ
近い場所にある郵便局なので、部屋に一旦帰って出直しました(泣)
一体今日は何なんだ。
もうゆっくりのんびりするしかないと思って、先日、祇園の辻利で購入の“茶香炉”を初めて焚きはじめたんですが、あまりの寒さの所為か、どうも鼻が…(おいおい)
でも、お皿に鼻を近づけると確かにお茶のたまらない香りがしています。
んで、極めつけだったのは、私が目指したカフェの場所が実は「北側」ではなくて「南側」だったということ…。
P.S 左は“清浄華院”にて。何だか不思議な光景でしょ?(笑) ちなみにず~~っと前、友人Eちゃんとココに姉小路公知卿のお墓参りに来た時に着ていたコートを今日も着ていたと思い出して「!」となりました…。(写真残ってますからねぇ~) で、右は京極小学校脇に咲いていたお花…綺麗だったので撮ってみました(笑) この付近、その昔は藤原道長邸があったらしいですよ~っ!!!
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予定通りPM17時過ぎ、無事全ての行事が終了!!

京都新選組同好会の皆さんは隊服でのご参加だったのですが、壬生寺に新選組隊士の姿を見ることも滅多にないし、しかも新選組隊士がタクシーに乗るなんてそれこそ滅多に見られないので、勝手に写真を撮らせていただいてしまいました(こらこら!)
会場を出たら寒いの何の!!!
Mさんと、前川邸、光縁寺の前を通って四条大宮まで出たんですが、バスは来ないしムチャクチャ寒いし、タクシーを捕まえて京都駅に向かいました。
「お茶でも」ということで、ポルタの喫茶店に入ったんですが、それから話が盛り上がるもりあがる!!(笑) お昼の山本耕史談義の続きから大河ドラマ『新選組!』の話題などなど…。(ちなみにMさんはこの大河から新選組ファンになられたんだそうです。一番好きなのはもちろん土方歳三ですって★)
気がつけば入店から2時間近くが経ってまして(苦笑)、さすがにMさんも帰らなければならないということで折角なので近鉄改札口までお見送りしました♪ (山本耕史のステキな画像をありがとうございマス★)
それにしても、本当に不可思議で楽しい一日でした…。
先日も友人Eちゃんとの電話で、
「何で今頃“第1回”なんやろなぁ???」
…昨日もMさんと同じような話になったんですが、私はやっぱり個人的意見として大河で山南さんを演じられた堺さんの力が大きかったんじゃなかろうか、と思っとります。それまで極端な話、“新選組”と言えば「近藤勇・土方歳三・沖田総司」の3人でしょう(チャンバラトリオじゃないっての・苦笑) 知る人ぞ知るだった“新選組総長 山南敬助”という人物を、堺さんがいきなり世の人々に知らしめたんだと思えてならないんですよねぇ…。
まぁ堺さんに限らず脚本の三谷さんにしても、作品の中で山南敬助という人物を丁寧に描いておられたから、それもあるのかも知れないし、とにかく、あの大河が少なからず影響をしているのは間違いないと思っているんです。
いずれにせよ、没後百数十年経ってから急に脚光を浴びるようになっちゃって、山南さんご本人も困っておられるかも知れませんが…まぁ、いいじゃありませんか(苦笑)
当時は“壬生狼”と京都の人々から恐れられ嫌われもしていた新選組ですが、今の時代に彼らが残してくれたものは大きいですね。
…私が【薩摩藩】からこの“幕末”という時代に入った時、当時の友達に
「私、新選組って一体何なのかさっっっぱりわからん!!!!」
…と言ってた時期が確かにあったと今思い出して、そら恐ろしくなりました…(冷汗)
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昼食をいただいた四条大宮の“かめや本家”さんで、Mさんと山本耕史談義に花を咲かせていたんですが(来週、え、今週?? Mさんは大阪に彼の舞台を見に行くんだそうです★)、ふと時計を見てみれば、PM14時からの式典開始15分前!!(苦笑)
そそくさとお店を出た頃、また降り出しました、雨が…と言ってるうちにそれが雪に変わりまして、まったくコロコロと変わるお天気に振り回されまくりです(冷汗)
式典の会場は壬生寺境内にある『壬生寺会館』。
当然ながら、我々二人がほぼ最後の入場者だったんですが、会館の講堂のような部屋に入ってこれまたビックリ!!!
ざっと120~130人くらいの人がいたに違いありません。午前中は各々バラバラに墓参をしたりご焼香をしたりしていたので、果たしてどのくらいの方が参加されていたのかはさっぱりわかりませんでしたが、ここに来てその全貌が明らかになったのでありました…。
壬生寺のご貫主(唐招提寺長老さんでもいらっしゃるんだそうです!)と参加者全員による“黙祷”から始まりまして、関係者ご挨拶…。
その後に島原の司(つかさ)太夫による“奉納舞”があったんですが、太夫の舞なんて、もちろんこの目で見るのは初めてですし、感激しました~っ!!!
私、さきほど知ったばかりなんですが、“太夫”って今、日本に5人しかいないんだそうです!! それだけでもビックリなのに、“正五位”の「官位」も持ってらっしゃるんだそうです!!! …ものすご~く偉い方でもあられるのです…。
さてさて続きましては、俳優・嶋田ひろしさんによる“ひとり語り”「歳三 ~番外編・山南と歳~」ということで、普段ご自身がなさっておられる「歳三」という作品の中から、“山南忌”にちなんで特に山南さんが登場する箇所をピックアップして、演じて下さいました。ものすごく素晴らしくて、ものすご~くカッコ良かったです★
新選組研究家の第一人者でもあられる釣洋一先生の講演も拝聴することが出来まして、まず歴史の新資料を目にしたら、それを鵜呑みにするのではなくて、疑うことから始めることが大事…というようなお話をなさっていたのが印象的でした。
そうそう、その後に“天然理心流”の演武が見れたんです!!!
もちろん初めての経験でしたが、会場の後ろの方にいたにもかかわらず、舞台上のものすごい緊張感がビシバシと伝わって来ました…!!
先日、大河ドラマ『新選組!』の第4話で、奇しくも堺雅人さん演ずる山南さんが
「天然理心流は実戦向きの剣術。これから戦へ赴くという者がいたら、私は迷わず天然理心流を勧めます」
…というようなセリフを言っておられたなぁ~なんて思いながら見てたんですけどね。
以前、この天然理心流が使う木刀を実際に持たせていただく機会があったんですが、ものすご~く太くって、その上ものすご~く重いんですよねぇ…。確かにあの木刀で鍛錬してたら実戦には有効でしょうね、刀だって相当重いんですから。
ちなみに、左の青い稽古着をお召しの方こそ、新選組6番組々長の源さん…井上源三郎の子孫(確か、5代目??)でいらっしゃいます。がっちりと体の大きな、でもものすご~く普段は無口そうな方だなぁ…という印象でした。で、右の白い稽古着の方は、局長・近藤勇の“生家”・宮川家の子孫の方…天然理心流9代目でいらっしゃいます。
来賓には、土方歳三の子孫の方もいらっしゃってましたし、大河ドラマ『新選組!』で時代考証をなさっておられた作家であり歴史家でもある山村竜也さん(私らが光縁寺で日向ぼっこしてる時に前を通っていかれた男性だと判明して愕然とする私とMさんであった・苦笑)などなど、そうそうたる面々が集う場となっておりました…!
其の伍(完結編・笑)につづく
P.S 私が光縁寺でデジカメのシャッターを押していただいた稽古着を着たイケメンのお兄さんというのは、実はこの天然理心流の門人の方で、今回、演武もなさっておられました。ものすごい迫力で、光縁寺でお目にかかった時とは別人のようでした!! また、門人には女性の方もいらっしゃって、さすがにその女性は木刀でなくて“刀”を使った演武でしたが、これまたカッコ良かったなぁ~…。
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ご焼香を済ませて外へ出て参りますと、何と雪が舞っているではありませんか…!!
光縁寺の山南さんのお墓参りを先に済ませて来られたというMさん、私がまだだと分かると「お付き合いしますよ」とおっしゃって下さいました。何ていい人なんだ(泣)
光縁寺への道すがら、通っていた高校がものすごく近い場所だったということまでもが判明し、ますます盛り上がる我ら二人(笑)
光縁寺に着く頃には雪もやんで、お参りを済ませた頃にはお日さまの日差しがぽかぽかと暖かいにも程がある!!!(笑)
さすがに今日は参拝客が途切れることがありませんでした。
Mさんもご住職と顔なじみになっておられるようで、本堂の階段に座り込んで日向ぼっこをしつつご住職とお話をしていたんですが、「折角だから」…ということで、参拝を済まされた稽古着に身を包んだイケメンのお兄さんを捕まえて、ご住職も交えてMさんと3人、写真を撮っていただきました★(実はこのお兄さん、午後からの式典で重要な任務を担った方だったのです…)
Mさんが「よかったらお昼もご一緒しませんか」とおっしゃって下さったので、四条大宮にある京料理のお店「かめや本家」さんにて昼食です♪
この、画面に収まりきれないほどのボリュームのある“天ぷら弁当”、何とランチ価格の1,050円!!!
現・文部科学大臣さんや有名時代劇俳優さん達もたくさん利用されるお店だということで、写真がたくさん飾られていました♪
…で、いよいよ午後14時からの記念式典がスタートする訳ですが、その模様は明日の晩にでもお伝えして参りたいと思います!! あ~んな人やこ~んな人の子孫の方々も拝見出来ました…♪
明日の、其の四に続く

P.S 何だかこの湯のみ、お茶目だと思いませんか??
最初はフツーの湯のみだと思ったんですが、さりげな~く「ヒト」がしがみついているのです(笑)
“落ちてなるものか!”とその背中が物語っています(苦笑) …ただ、左の画像をクリックしていただければわかりますが、その顔には緊張感のかけらも感じられません(笑)
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12時が受付終了時間ということでしたけれども10分ほど前でしたか、受付のある旧・前川邸に到着。その時点ですでに、正直目がテンになるほどのたくさんの関係者、参加者の方々がいらっしゃってて、一瞬たじろぐ私(←実話・苦笑)
恐る恐る受付にて、参加料2,500円を納めて受付完了。
と渡された1枚のステッカー。
正直、何だかこっ恥ずかしい(苦笑)
しばらく手に持っていたのですが、周りのみなさんは何気に身につけていらっしゃるので私も覚悟を決めて(!)遠慮がちにコートの下の方に…。
ハワイへ行った時、オプショナルツアーで真珠湾へ行った時やらアトランティス潜水艦に乗った際に同じようにステッカーを貼った記憶があるのですが、その時にはこんなこっ恥ずかしさはなかったのになぁ~(^^;)
受付会場となった“旧・前川邸”…。(この画像は去年9月のもの)
「旧」というように、現在は田野さんとおっしゃる方の住居ならびに作業場となっていますが、その昔は“新選組”が屯所を置いた場所ですね。
で、私が敬愛してやまない(照笑)新選組 山南敬助総長が元治2年(1865)2月23日に最期を遂げた場所、でもある訳ですけれども、私が“幕末”という時代に興味を持ち始めて京都を訪れるようになった頃、ここは常に門を固く閉ざしていたものでした…。
それが、そうですねぇ…2004年でしたか、大河ドラマの『新選組!』が放送されるようになった頃からでしたか、土日、祝祭日限定ですけれども、邸内の玄関部分まで入れていただけるようになりました★ ただし、やはり田野さんのお住まいということもあって、母屋や土蔵などは決して見学させていただけませんでしたが今回は“山南忌”ということで、特別に仏間でご焼香をさせていただけるのであります♪
いざご焼香へ!! …と、母屋へ上げていただくために靴を脱いでいた私の隣で、同じようにブーツを脱ぐのに悪戦苦闘している女性が一人…。
母屋へ上げていただいてその女性に話しかけてみたところ、その方も私と同様に単独参加のご様子。続けて
「ご遠方からですか?」
…と問いかけた私は思わず耳を疑いました! 何となんと、同郷だったんです!!!(爆笑)
いや~…。
こんなコトがあっていいんでしょうか…。
“事実は小説より奇なり”
先日、買い物から25年ぶりに帰ってきた人のハナシの時にそんなコトを書いたように記憶していますが、身近にも、あるもんです…(冷汗)
というか、これは山南さんの成せるワザだとしか私には思えません!(きっぱり)
…滅多に入れていただけない旧・前川邸の廊下で、周りを観察することもすっかり忘れて二人で大盛り上がりしているうちに仏間へやって来ました…。
うす暗い部屋には、新選組隊士の扮装も勇ましい“京都新選組同好会”の方が3人、控えていらっしゃいました。
「この奥が、山南敬助が切腹した部屋です。どうぞご焼香下さい」
と促されて早速焼香台へ…。
正座をして前を見ると、そこは小さな部屋…。
綺麗な花に囲まれて、「丸に右離れ三つ葉立葵」の紋が施された黒の羽織…。
それらをじ~っと見つめてたら、コレはホントに自分でもビックリしたんですが、勝手に涙が出て来たんですよねぇ…。
焼香台の前に腰を下ろした途端、それまでに経験したことのなかった感覚というのかなぁ…私は決して“霊感”がある訳ではないのですが、本当に不思議な感覚に捉われたのは間違いありませんでした。何ともいえないその感覚で、あっと言う間に涙が出ました。
一緒にご焼香させていただいた同郷の女性…Mさんも、「何か感じますね」とポツリとおっしゃっていました…。
小部屋を覗いても往時を偲ぶ出窓もなかったけれど(押入れになっているとのことでしたので)、それでも縁あって山南さんが最期を遂げられたという場所に、ようやくたどり着く事が出来たことに心から感謝した瞬間でもありました…!!!
其の参へ続く
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「やった!晴れてるやん…!!」
今朝の私の第一声でございます(苦笑)
雨上がりということもあってか風が妙に強かったりしたんですが、希望して今日の休みを取った私…やっぱり天気はいいに決まってますものね~♪
先日の仕事帰りに立ち寄ったドラッグストアの特売、今日の日替わり品でどーしても欲しいものがあったので、洗濯機を回しっぱなしにしたまま(こらこら!)開店時間の10時直後に自転車で出かけて来ました(笑)
それはともかく、どーしてわざわざ今日を休みにしたのか!?
その答えは、
「 第1回 山南忌(さんなんき) 」
に参加をするためでございます…★
ず~っと以前、こちらのブログに来ていただいていたナーゴさんから“来る3月11日に「山南忌」というイベントがあるらしい”という情報をいただいておりまして、早速自ら壬生まで赴いて情報を収集…やっぱり参加してしまったという次第です(笑) ホントにありがとうございました、ナーゴさん!!(泣)
部屋のコトをしたりしてたら、あっという間に受付の終了時刻が迫っているではないですか!!! 慌てて部屋を出て、タクシーに飛び乗って一路壬生を目指しました…(冷汗)
其の弐に続く(苦笑)
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壬生寺…山門には「壬生延命地蔵尊」とありますが、私が京都に通い始めたそれこそ10数年前から、この山門は全く姿を変えてないように思います。一時壬生寺から足が遠のいていた時期があって、2004年にNHKが不朽の名作・大河ドラマ「新選組!」を世に送り出し、その後久々に当地にやって来たのですが、それまで無料で参拝出来ていた新選組筆頭局長・芹沢鴨や他の隊士たちの墓所、そして近藤さんの胸像が拝観料を支払って見学するシステムに変わっていたのにはいささか驚きました(苦笑)
これからの時期、ひなが一日のんびりと出来そうな本堂前の広場なんですが、いかんせん鳩が多い(笑)
大河ドラマの方では沖田総司が子供達と一緒になって遊ぶ…という、よく小説などに書かれるシチュエーションはありませんでしたけど(逆に、子供に怖がられていたし・苦笑)、きっとここで鬼ごっこでもしてたんだろうな、と、来るたびにそんなことを考えています。
右の画像は、新選組の最初の屯所となった八木さん家(友達の家じゃあるまいし・苦笑)ですね。今は“鶴屋”という和菓子屋さんですが、画像の左側には八木邸が当時のままの状態で残っていて、見学させていただくことも出来ます。筆頭局長・芹沢鴨 暗殺の舞台ですね。私はずっと以前に見学させていただいたことがあるんですが、その時に出来たと言われている刀傷とかが妙に生々しかった記憶がありますね。
ホントにザザ~っと、今日自転車で回ったところをご紹介しました★
ひとつ一つの場所には本当はもっと思い入れがあるので、それこそ話始めるとキリがない。また別の場できちんとご報告が出来ればいいな…と思っています。
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光縁寺”の山 門が見えて来ます。“光縁寺”は何でもあの知恩院の末寺に当たるんだそうで、新選組隊士ならびにその所縁の人だけでも30人弱が葬られているそうです。中でも筆頭に挙げられるのが、やはり新選組総長・山南敬助…あとは4番組組長・松原忠司でしょうか。お寺のことなど、詳しく語りだすとキリがないのでここではやめておきますが(苦笑)、実はこのお寺さん、私がよく出没するスポット(私はお化けか・苦笑)なんですけども、何と今日に限ってお線香は持ってきたのに、一緒に持ってきたライターが全然役に立たず、お線香の1本も上げずに帰って来てしまいました~っ! ごめん、ごめんなさい、山南さん!(号泣)
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